入口 > オカマツより - 頂き物 ★ > - Voyage -②

- Voyage -②

「おはよう」
 明日は日直だから早く来るように、と言っておいたのが功を奏したか、翌日クシモトは予鈴十五分前にやって来た。
 日直の朝の主な仕事は、職員室に日直日誌を取りに行くことと、教壇の拭き掃除とチョークの補充である。これにたまに花瓶の水替えや植木鉢の水遣りが加わるのだが、今は何も無いので簡単である。
「職員室と教壇の拭き掃除、どっちがええ?」
 ちなみに、チョークの在庫も職員室にあるので日直日誌のついでに持って来る。尋ねると、クシモトは無言で教室後方にある掃除用具入れへと向かった。
「わかった」
 必然的に自分が職員室担当となり、ほな、と言って戸口に向かう。廊下に出ようとしてチラと振り返ると、クシモトが手に持った雑巾をジッと見つめていたので、それ、と言って廊下の先を指差した。
「濡れとるかもしれんけど、廊下の水道でいっぺん揉み出してな」
 臭いから、と付け足すと、了解したのかコクンと頷く。クシモトが初めて返した反応らしい反応の可愛さに、うっかり萌えて内心焦った。

「ええで、喋りたないんやろ? 最初も終わりも俺が号令かけるで、クシモトは代わりに日誌書いてや」
 その後もクシモトは、相変わらず口は利かないものの、何か訊けば頷いて答えた。そのコクンと頷く仕草が可愛くて、ついつい要らんことまで話し掛ける。
「今日は水曜日やで」
 コクン。
「俺の名前も書いといてな」
 コクン。
「そこに今日の時間割も書くみたいやから、1時間目から読み上げよか?」
 コクン。
「それにしても綺麗な字やなあ。習字でもしとったんか?」
「……」
 丁寧で綺麗な字を書くので褒めると、無言で頷いていたクシモトの動きがピタリと止まる。次の瞬間、その滑らかな白い頬が耳までカアッと真っ赤になったのを見て、こっちまでなぜか熱くなった。
「それにしても今日はええ天気やなあ」
 赤くなった顔を慌てて窓の方に向け、手にした下敷きでパタパタ扇ぎながら言うと、視界の端で同じように赤い顔をしたクシモトがコクンと頷く。いつも無表情なクシモトが照れている姿は殺人的に可愛くて、思わずコウダの気持ちが少しだけ理解出来た。

 昼休みになり、肩掛けカバンから弁当を取り出していると、いつものようにクシモトが立ち上がる。
「クシモトはいつもどこで食っとん?」
 何気無さを装いつつ問うと、一瞬狼狽えたように視線を泳がせてから俯いた。
「ああ、悪い」
 質問の仕方が悪かったことに気付き、言い直す。
「中庭とか屋上とかか?」
 他のクラスでないことはリサーチ済みなので、イエスかノーで答えられるように尋ね直すと、一瞬迷うような間があってから、コクンと小さく頷いた。
「なんや、ほうか」
 俺も行っていい、と問うと、更に長い間があってから再びコクンと小さく頷く。ヨッシャと言って立ち上がり、弁当を持って後に続いた。

「え、屋上には出られんの?」
 階段の最上階にある扉には、当然と言うか鍵が掛かっていた。窓が無いので薄暗く、空気が籠もっていて埃っぽい。クシモトは頷き、最上段に腰を下ろすと、抱えた膝の上にコテンと頬を載せて、驚いたことに目を閉じた。
「え、クシモト、弁当は?」
 確かに昼寝には打って付けの場所だが、その前に購買でパンでも買って来ないのかと思って問うと、目だけ開けてふるふると小さく首を横に振る。
「え、いつも食うてへんの?」
 驚いて問うと、小さくコクと頷く。なんで、と問おうとして、修学旅行の積立金の一件を思い出した。だとすると、クシモトの家はそこまで困窮しているのだろうか。
「よし、一緒に食うか」
 膝の上で弁当の包みを開けながら言うと、クシモトが驚いたように体を起こして、慌てたようにふるふると首を横に振る。構わずに弁当の蓋を開け、目に付いた卵焼きを半分に切って箸で突き刺すと、ホレ、と言って目の前に突き出した。
「あーん」
 口の前で箸を揺らすと、自分を見つめる焦げ茶色の瞳が惑うように揺れる。もう一度、ホレ、と言いながら箸を揺らすと、赤い形の良い唇が躊躇いがちに小さく開いた。
「旨いか」
 同じように飯を掬って口の前に持って行きながら問うと、卵焼きを咀嚼しながらコクンと頷く。そして、飯の載った箸を見詰めると、今度はすんなりと口を開けた。
「クシモトはもうちょっと太らなな」お弁当

 抱き締めたら骨が刺さりそうや、と冗談を言いながら、自分の口にも同じように卵焼きと飯を運ぶ。今度は赤いウインナーを突き刺して口の前に持って行くと、驚いたように目を見開いてこちらを見詰めていたクシモトが、口の中の飯をゴクンと飲み込んだ。
その顔がなぜか真っ赤になっているのに気付き、今しがた自分が言った言葉を思い出して慌てる。こちらまでうっかりつられて赤くなってしまい、赤いウインナーをクシモトの口に放り込んで自分の口に飯を運びながら、この場所が薄暗くて良かったと本気で思った。

 日直日誌を担任に届けて一日の仕事は終わりである。クシモトが歩きだったので、自転車は駐輪場に放置したまま並んで校門を出た。もしかしたら電車通学なのだろうかと思ったが、駅とは別方向だったので歩きで通える距離らしい。と思っていたら、驚いたことに一時間も歩かされた。
「ここがクシモトの住んどるアパートなん?」
 一見普通の白い建物に向かって道を逸れたので問うと、こちらを振り返ってコクンと頷く。特に何も言われなかったので後ろを付いて行くと、一階の一番奥の部屋の前で立ち止まった。鍵を開けて中に入ると、半畳の三畳和と四畳半程のキッチンスペースがあり、その奥に畳の部屋が見える。そこがどうやら居室らしく、開け放しの襖の陰に簡素な折り畳み式の四角い卓袱台がチラと見えた。
「独り暮らし……ちゃうよな」
 家具はそこそこあるものの、あまりにもガランとした雰囲気なので問うと、クシモトが靴を脱ぎながらコクンと頷く。
「ほんじゃあ俺……」
 さすがに部屋にまで上がるのはどうかと思い、帰るわ、と言おうとすると、突然背後のドアが開いて、ただいまー、という元気な声が飛び込んで来た。
「にいちゃんが見えたから走って来た!」
 見れば、ランドセルを背負った小学生が二人、ハァハァと肩で息をしながら満面の笑みで立っている。性別は違うが、背は『どっこい』で、どちらも器量良しだった。
「おかえり」
 突然背後から掛けられた声に、思わずびっくりして振り返る。そして、初めて聞いた優しげな声音以上に、もっと驚いて腰を抜かしそうになった。
「道路は危ないから走ったらアカンやろ」
 いつも表情に乏しいクシモトが、マリア様のような笑みを浮かべている。そのあまりの衝撃に、胸の真ん中を弓矢で打ち抜かれたような気がした。
「て……弟妹なん?」
 当たり前のことを阿呆のように問うと、柔らかな笑顔でコクンと頷く。
「この人、にいちゃんの友達なん?」
 五年生だという弟はかなり人懐こい性格らしく、そう言うといきなり手を掴んで来た。
「えらいイケメンやなあ。ジャニーズみたいや。勉強も出来るんか?」
 そして、上がって宿題みたってや、と言いながらグイグイ手を引っ張ってくる。クシモトと同じ黒目がちの目が、新しいオモチャを見つけたとばかりにキラキラと輝いていた。
「にいちゃんこれからバイトやし、二人だけの時に他所の人上げたらアカン言うたやろ」
 クシモトが、メッ、と言って怒った顔をするが、可愛いだけで迫力は無い。
「でも、にいちゃんの友達やん」
 にいちゃん帰るまで遊んでってや、とせがまれて、何時までバイトなのかとクシモトに問うと、十一時、という答えが返って来た。
「十一時まで仕事て……ちゃんと寝とるんか?」
 眉をひそめて尋ねると、小さく笑って、寝とるよ、と答える。
「お前もそんな、おっきいにいちゃん困らせたらアカンやろ?」
 そして、そう言いながら俺の腕に絡んでいる弟の手をそっと外させる。その『おっきいにいちゃん』が自分のことなのに気付き、首の後ろがこそばゆくなった。








NEXT→③
①←BACK






2014-05-17
皆様の励ましでオカマツはまた更に頑張れます。
web拍手 by FC2   
TOP