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- Voyage -④

 修学旅行は沖縄だったが、四泊五日中三日間が雨で、楽しみにしていたマリンスポーツは全て流れた。遺跡見学に行ってもバスから下りる度にズブ濡れで、自由行動は焼肉チェーン店にみんなで引き篭もって時間を潰した。
「早く帰りてぇ……」
 生焼けの肉をひっくり返しながら言うと、セコグチが笑う。クシモトがおらんからやろ、と言われて、セコグチの前にあった食べ頃の肉を素早く掻っ攫った。
「あッ、それ、俺が反したヤツやん!」
「変なことゆーからや」
 目の前で旨そうに食ってやると、お返しとばかりにさっきひっくり返した肉を攫われる。
「そういえば、最近サカトクはクシモトと仲エエよな」
 同じテーブルにクシモトと同中だと言うセコグチの隣席の男もいて、ちょっと意外そうに言われる。クシモトのことを『キショい』と言った奴だ。視線は向けずに、エエ子やで、と返すと、再び意外そうに、へえ、と言ってから言葉を継いだ。
「あいつ、小学校ん時は別に普通やったんやけど、中学の頃から変になってきてな」
「変に?」
 何を言い出すのかと思って視線を向けると、その男が鉄板の上の肉を反しながら頷く。
「もともと小柄で細かったんやけど、ガリガリに痩せ細ってきて……」
 そして、三年に進級したある日、母親が給食費を滞納していることを担任に伝えられた日から給食を食べなくなったのだと言う。
「みんなの前で言うたんか」
 眉を寄せて聞くと、コクと頷く。
「別に担任に悪意は無かったと思う。滞納しとんで払うように言うといてくれとか、俺たちにはそんな風に聞こえたし」
 しかし、クシモトは食えなくなった。
「そしたら担任が、なんで食わんのや、って怒って」
 そして、下校時間になるまでクシモトの前には給食の盆が残されたのだと言う。
「担任がさ、言うわけよ。この給食が作られるまでの農家の人たちの苦労とか、調理師さんたちの気持ちとか、お前が食べやなゴミになるんやぞ、とか、世界中には食えんと死んでく子どもがようさんおるんやぞ、とか」
 それをクシモトは黙って項垂れたまま聞いていたのだと言う。もう半分脅しだよな、という言葉に、テーブルにいるメンバー全員が無言で答える。言っていることは正しいかもしれないが、そこに、食えなくなった子供の心を理解しようという気持ちは無い。
「で、担任も考えたんやろな。放課後になってクシモトに言うたわけよ」
 『反省したか、クシモト。ほなら、一口でええで食え。お前が食うまでみんな帰れへんのやでな』
 そして、スプーンで料理を掬い、クシモトの口元に押し付けたのだと言う。自分の意に沿わせる為に、クラスメートたちを巻き込んだのである。
 『早よ食えよ、クシモト。遊べんくなるやろ!』
 『うち、これから塾やのに……』
 みんなが口々に不平を漏らす中、クシモトの顔は真っ白だったと言う。
「クシモトも、さすがにみんなが帰れへんのは悪い思たんやろな」
 しかし、担任が差し出したスプーンを口に入れた途端に吐いた。
「吐いた言うても、口の中に入れたモンを吐いただけやから、たいしたこと無かったんやけど、教室内は騒然よ。男共は汚い汚い騒ぎまくるし、女共は叫び声上げて壁際まで逃げるし」
 そして、翌日からクシモトは不登校になった。
「それからは、何? 『保健室登校』言うん? とうとう最後まで教室には来れんくて、卒業式も欠席やったと思う」
 初めて聞いたクシモトの過去に、胸がギュッと苦しくなる。
「ほやで、同じ高校に入学したてわかった時は正直びっくりしたわ」
 そいつはそう締めくくると、焼き過ぎた肉をタレに浸して口に入れた。その箸の動きを見るとはなしに目で追ってから、再び鉄板の上に視線を戻す。自分の前にある肉も、かなり焦げてしまっていた。
「クシモトは凄い苦労人なんや……」
 そのカリカリになった肉をタレに浸しながら、誰にともなく言う。
「俺らには想像もつかん程の苦労をして来たし、今もしとるんや……」
 蒸発した母親の代わりに弟妹を養っているクシモトを、弟の修学旅行の為に自分のそれを諦めたクシモトを誰も知らない。全て言ってしまいたい衝動に駆られるが、しかし、クシモトがそれを望まないだろうことも何となくわかる。代わりに、あいつんこと悪う言うたら殴るで、と言うと、テーブルにいるメンバー全員が笑った。
「言わんよ」
 セコグチが目元を緩めて微笑みながら言う。サカトクの友人は僕らにとっても友人や、と言われて、不覚にも涙が滲みそうになった。

「うわ~~~、おおきに! おおきんな、おっきいにいちゃん!」
 修学旅行先で買った沖縄の『ゆるキャラ』のハンカチを弟妹は喜んでくれたらしい。クシモトにも、おおきに、と礼を言われて、なんも、と答えた。
「誰かに土産買うんも旅行の醍醐味やし」
 クシモトの背中のリュックには、同じく沖縄で買ったキーホルダーが下がっている。沖縄の形を型取った木片の上に斜めに個人名がアルファベットで入っている、どこの観光地でも売っているようなベタなヤツだが、クシモトは喜んでくれて、すぐにリョックに下げてくれた。実は同じものが自分の肩掛け鞄の内側にもこっそり付いているのだが、それはクシモトには内緒である。目の前でカップルが互いの名入りを買っていたので、つい自分も買ってしまったのだが、お揃いで買ったなんてことがバレても恥ずかしいし、クシモトもキモいだろう。さすがに殴られはしないだろうが、と考えて、そういえばクシモトはコウダに告られて殴ったのだということを思い出す。しかし、どう考えてもこのクシモトが誰かを殴るところなど想像出来なかった。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるね」
 ジッと卵形の小さな顔を見詰めていると、クシモトが顔を上げてニコと微笑む。
「お、おう」白い肌

 ほっそりとした背中が奥の部屋に入って行くのを見るとはなしに見ていると、襖の陰に半分ほど隠れた辺りでハラリと肩から白いシャツを落とした。剥き出しになった白い肌に、途端に心臓がドクンと撥ねる。
「勘違いすな、アホウ」
 うっかり反応した下半身に思わず小声でツッ込みを入れると、クシモトが顔を出して、何か言うた、と訊ねる。
なんも、と言い掛け、平らな胸元にある、そこだけ色素の違う小さな楕円にうっかり視線を吸い寄せられて焦った。
「……外で待っとる」
 慌てて玄関の外に出ると、すぐにドアが開いて私服に着替えたクシモトが出て来る。ごめんね、と言いながらドアに鍵をかけるクシモトの、Tシャツの襟元から覗く白いうなじに視線が吸い寄せられて、本気で焦った。









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2014-05-17
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